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 寿信/jusinの桜探検 2003

 
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 荒川(足立)の五色桜はこちらへ

2006年 神田川 江戸川公園・関口芭蕉庵・椿山荘・文京さくらまつり・伝通院・上野
2005年 皇居 東御苑・千鳥ヶ淵・靖国神社 / 下野国分尼寺跡(淡墨桜) / 外濠公園 飯田橋
2004年 千住・足立農業公園の五色桜 / 染井吉野櫻発祥の地 駒込
2003年 千住と桜・荒川提(足立)の五色桜


 
● 千住の桜   
 
2004年
千住仲町公園 千住四丁目氷川神社 千住桜木町 千住寿幼稚園
2004年
金八先生の撮影もあった 仲町公園 最初に桜が顔をだしたのは3月17日 早い開花でしたね
千住には氷川神社が4つもあるんですよ  
千住の 桜並木 桜木町
千住寿町幼稚園 春休みなのが残念 なんとか入学式には まにあったよう 園庭のなかまで桜がいっぱい



 ● 千住と五色桜(里帰り桜) 日光街道と交差する墨堤通り
   
千住元宿堰稲荷神社 旧千住四本煙突守護社
4本煙突、お化け煙突の鎮守様 墨堤通り沿い
★おばけ煙突 
イトー児童遊園
イトーヨーカドは 千住が1号店
ワシントンからの里帰り桜
 

さくら土手 千二(東京足立区立千住第二小学校)現千寿小学校

●人々のくらし


学校の前の通りは、土手になっていて、掃部堤といって、関屋から橋戸町・仲町を通り緑町・桜木町を通って西新井橋に行く、大切な道でした。
学校のまわりは、田畑で、五・六軒の農家が転々とあるだけでした。夜は、はるかかなたの三河島から町屋方面の農家の明かりが見えました。
土手には、桜が植えられ、春は花が咲き、桜のトンネルとなりました。桜の花は、江北橋あたりまでつづき、花見のときは、人手が多く、車止めとなりました。
春の花見、夏の夕涼み、秋の月見など人々には、なじみぶかい土手でした。



 
 ●お花見のころの桜土手

第一回卒業生(千寿第二小学校)、瀬田兼丸さんは、次のように書いてくれました。
お花見のころになると、土手のあちこちに、丸太を組み合わせ、よしずりばりの茶店ができ、土手には、床がはられ、床下は、子どもたちの、よい遊び場でした。
お店では、サイダーや、おだんご、ゆで玉子、のりまき、いなりずしなどを売っていて、赤い前かけ姿の、お姉さん達が、「お休みくださいませ。」などと、大声で呼び立てていました。
土手は、お花見の人で、ごったがえしていました。
子どもたちは、土手で、「すもう」をとったりすみれ、タンポポをつみながら遊んでいました。
 
 さくら土手 千二より  

さくら土手
江北の五色桜や中川の桜にくらべると、その規模は小さく見劣りがしましたが、千住地区にも”さくら土手”と呼ばれる名所がありました。
しかし、ここは、千住地区の住民でなければわからない名所かもしれません。
この土手とは、掃部新田を開拓した石出掃部亮吉胤が、元和二年(1616)四月幕府に出願し、翌三年五月に完成した掃部堤のことです。
これは、現西新井橋の手前から牛田に至るもので、高さが約四メートル、長さが約二キロにおよぶものでした。  


 
 足立百の語り伝えより  
   
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