NHK大河ドラマ「龍馬伝」 第4話 2010年1月24日「江戸の鬼小町」放送
江戸の鬼小町って誰? 龍馬の許婚? 龍馬の妻? 龍馬の妻はおりょうさんじゃないの?
その人の名は、千葉佐那。
北辰一刀流桶町千葉道場の女剣士。 龍馬の婚約者として一生をささげた女性。
さな子は、晩年千住に灸冶院を開業し、59歳でひっそりと生涯を閉じました。 |
天保9年(1838)3月6日 ~明治29年(1896)10月15日
北辰一刀流千葉定吉(千葉周作の弟)道場の娘。
龍馬(19)土佐から剣術の修行のため千葉道場に入門。 佐那(16)と出会う。
めきめきと剣の才覚を発揮し強くなる龍馬にさな子は恋をし想いを告げる。
龍馬は、姉乙女の手紙に、さな子は、乗馬がうまく、剣の腕も大変強く、長刀もでき、力は並みの男よりも強く、琴を演奏し、絵も描き、性格もしっかりしていて、それに加え物静かな人と綴っている。 千葉家でも龍馬ならばとやがて二人は、婚約? しかし、動乱の時代、龍馬は、明日をも知れぬ命、さな子に紋付の片袖をひきちぎって形見として贈る。 江戸を出て龍馬は、伏見寺田屋で襲撃され、助けられたおりょうと結婚してしまう。 慶応3年11月15日、京都河原町の近江屋で暗殺される。
龍馬死後さな子は、女学院の舎監として働き、千住に灸冶院を開業。
紋付の片袖を形見に、龍馬の妻として一生をささげ、千住で亡くなる。
| 天保6 |
1835 |
龍馬土佐で誕生 |
| 天保9 |
1838 |
佐那江戸で誕生 |
| 嘉永4 |
1851 |
佐那北辰一刀流免許皆伝 |
| 嘉永6 |
1853 |
龍馬19歳、江戸の北辰一刀流桶町千葉道場に入門。 佐那16歳
ペリー来航 |
| 安政元 |
1854 |
龍馬剣術修行を終え、土佐に帰国 |
| 安政3 |
1856 |
龍馬再び江戸 小千葉道場 |
| 安政5 |
1858 |
龍馬北辰一刀流免許皆伝(薙刀の初伝?)帰国 |
| 文久2 |
1862 |
龍馬千葉道場に潜伏、勝海舟弟子入り |
| 文久3 |
1863
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1月龍馬江戸
想いを告げるさな子に龍馬は自分の紋付の片袖を破り形見として渡す?
8/14龍馬、姉乙女宛手紙に佐那を紹介
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| 元治元 |
1864 |
龍馬、お龍と出会う
池田屋事件
千葉家を訪れる |
| 慶応2 |
1866 |
寺田屋事件
お龍と結婚、薩摩へ新婚旅行 |
| 慶応3 |
1867 |
大政奉還
11月15日 龍馬京都近江屋で暗殺される |
| 明治15 |
1882 |
9月佐那、華族女学校(学習院)の舎監に就任 |
| 明治16 |
1883 |
坂崎柴攔「汗血千里駒」土陽新聞(明治14年創刊)に連載 |
| 明治20 |
1887 |
華族女学校を退職
2/25 戸籍を南足立郡千住中組70番地に移設 |
| 明治21 |
1888 |
7/31 南足立郡千住中組九百九十三番地(仲町1-1)に転居
千住の灸千葉灸治院を開業 |
| 明治25 |
1892 |
板垣退助、小田切謙明千住灸治院を訪問 |
| 明治26 |
1893 |
佐那小田切家へ赴く
小田切謙明没 |
| 明治28 |
1895 |
養子勇太郎没 (佐那の甥?父清水小十郎千住中組70番地) |
| 明治29 |
1896 |
10月15日 さな子、千住同院59歳で病死
10/19 谷中墓地埋葬(土葬)
? 甲府清運寺小田切家墓地内に「千葉さな子墓」小田切豊次建立
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| 昭和25 |
1950 |
3/6 八柱霊園無縁塚合葬許可 |
この表は数種のデーターを比較して作ったものです。 なにかございましたらご連絡ください。
明治21年(1888)佐那は、千住の灸千葉灸冶院を開業。
千住仲組土手下(掃部宿伯楽横丁・現足立区仲町)
戦前の千葉灸治院の場所
東京都足立区千住仲町1番1号
国道4号線、墨提通りの交差点
平成22年1月撮影 |
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戦後の千葉灸治院
強制疎開により移転
東京都足立区千住仲町3番7号(旧29番地)
写真は、昭和45年千住の灸千葉灸冶院
佐没後平成12年まで開業されていましたが、現在は、お引越しされています。 足立区立郷土博物館所蔵 |
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アクセス
東京都足立区千住仲町1番1号
京成千住大橋駅より徒歩5分 北千住駅より徒歩15分
LINK
・足立区立郷土博物館:「千葉灸冶院の住居表示地図」/千葉佐那(さな子)と千住中組の千葉灸治院
・足立朝日:2010年1月5日号/龍馬の許婚・千葉さな子は千住に住んでいた 片袖に想いたくし生涯独身
・一眼レフのあるアジアンライフ :千葉の灸 (千葉次郎さんのブログ)
| ● 北海道坂本龍馬記念館 2009年11月15日オープン |
飾坂本龍馬直筆書簡文久3年8月14日坂本乙女宛 (佐那のことを綴った乙女宛の書簡)
文久3年(1863)8月14日付
姉乙女宛、千葉佐那のことを綴った龍馬直筆書簡が展示されています。
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外観は寺田屋をイメージ
場所は十字街市電交差点 |
馬直筆書簡(現在は複製展示中)
北海道坂本龍馬記念館 所蔵 |
北海道坂本龍馬記念館
龍馬の志を伝える蝦夷の熱い男
館長三輪氏と母様、千文会櫟原
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北海道龍馬記念館は、NPO法人北海道坂本龍馬記念実行委員会が、道内外から集めた寄付などで開設。 2009年11月15日函館にオープン。 11月15日は、龍馬の命日であり誕生日でもある。 名誉顧問は、坂本家9代目当主の坂本登氏。 龍馬の志を受け継ぎ、龍馬の精神を発信。 龍馬が目指した北海道に新たなる開拓が進められています。
LINK 北海道坂本龍馬記念館
・2010-01-18 北海道坂本龍馬記念館のブログに紹介されました。
・2009-11-06 ハコダテ150 : 函館トピックス - 十字街に北海道坂本龍馬記念館オープン!
・2009-09-07 asahi.comマイタウン北海道 : 龍馬の志 いま再び 11月、函館に記念館
・2009-09-07 asahi.com : 龍馬の志 いま再び 11月、函館に記念館
乙女宛(佐那)直筆書簡公開
・2004年11月 札幌市南区の仏願寺で初公開(龍馬祭2004)
・2008年11月 京都国立博物館にて公開
姉乙女宛のさな子のことを綴った龍馬直筆書簡が、2004年東京で落札・取得された。
新聞記事の小さな写真だけを手がかりに調査開始。
なんと!北海道函館の龍馬記念館に所蔵されていました。 龍馬と北海道?・・・
ほんなら、函館に行くがぜよ!
2010年1/16大人の休日キップ。 雪と踏み切り事故で4時間遅れ、青函トンネルを抜け、東京から9時間。
白銀の北海道函館到着! 明朝1/17この機会にと初めて出会った函館のメル友の車で館へ。
東京千住から佐那さんの手紙を見にやってきましたと館長三輪氏にご挨拶。 龍馬の筆を目の前にして、いや~~鳥肌がたちましたね。(本物が見たい) 北海道と龍馬の疑問も解けました。 そして龍馬の精神、志を伺いました。
「日本を今一度せんたくいたし申候」そんな龍馬の声が聞こえるようでした。
>今後の交流と協力をお約束してお2人をお見送りました。素敵な出会いを与えてくれたお佐那さんに感謝です。
相方は、このお言葉に大感激!
千葉佐那さんが結んでくれた北海道と東京足立区千住のご縁に感謝です。 jusin
■ 佐那を綴った龍馬直筆書簡(複製)は、現在東京ミッドタウンで見ることができます。
FUJIFILM SQUARE ギャラリー「PHOTO IS」写真で辿る『坂本龍馬の生きた時代』
2009年1月16日(土)~2010年2月25日(木) 10:00~19:00 無料
LINK
FUJIFILM SQUARE ギャラリー : 「PHOTO IS」写真で辿る『坂本龍馬の生きた時代』
■ 龍馬直筆書簡は100余通以上。
龍馬の施設や京都国立博物館に所蔵され国の重要文化財になっています。
京都国立博物館の坂本龍馬関係資料の展示は、平常展示館が建替え工事中のため、
しばらく予定がないそうです。 新展示館は2013年度完成予定。
LINK 京都国立博物館
龍馬が江戸で剣の修行をした北辰一刀流千葉道場が、現在も存続しています。
創始者千葉周作の弟千葉定吉の娘が「佐那」
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北辰一刀玄武館館長と師範
左の方が北辰一刀流玄武館六世宗家 小西真円一之氏 |
坂本龍馬、千葉佐那の札が!
2010年1/23撮影 |
LINK 北辰一刀流 玄武館
2009年5月31日六世宗家小西真円一之氏が玄武館館長を襲名。
2009年北海道坂本龍馬記念館オープンで剣術と演舞を記念講演。
2010年NHK大河ドラマ「龍馬伝」に館長が指導、および門下生多数エキストラとして出演。
2010年1月17日(日)に下田市・宝福寺「第2回龍馬飛翔祭」で演武を披露。
・日蓮宗妙清山清運寺:山梨県甲府市朝日5丁目2-11
佐那子死後、開業当時から親しくしていた板垣退助の自由民権運動家として知られる小田切謙明夫人豊次氏が、無縁仏になっては不憫だと、谷中天王寺から分骨、小田切家の墓地内に佐那の墓を建てました。
 清運寺本堂
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千葉さな子墓 |

ご住職の田中氏 |
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清運寺には、坂本龍馬の「もうひとりの妻」
千葉さな子の墓がある。
その墓は自由民権運動の開祖・小田切謙明が眠る小田切家の墓の一角にある。
表面には「千葉さな子墓」と刻まれています。横面には「小田切豊次建之」の文字。そして、裏面には「明治二九年十月十五日逝 坂本龍馬室」とあります。「室」とは「妻」の意味であり、佐那子は龍間の妻として、この清運寺にねむっているのです。 妙清山清運寺説明本より |
LINK 妙清山清運寺
・八柱霊園内の谷中霊園分無縁塚 (お墓はありません)
さな子死後、谷中霊園に土葬で埋葬され、千葉県松戸市八柱霊園内の谷中霊園分無縁塚に合葬されてる。
明治26年佐那が、甲府の小田切謙明を訪ねたとき山梨日日新聞社は、佐那本人を取材した「坂本龍馬氏の未亡人を問う」の記事を掲載。 同年明治に発行されていた「女学雑誌」にも掲載された。
山梨日日新聞社 ザやまなし3月号に甲府清運寺の千葉さな子墓、そして佐那と足立区千住のことが掲載されました。 ここにまた、甲府、北海道函館、千住が、佐那さんによって深く繋がりました。 佐那さんが亡くなって114年になります。 佐那さんもきっと驚いていらっしゃることしょう(^^)
LINK 山梨日日新聞社
・桔梗忌と千葉さな子杯剣道大会
毎年千葉さな子の命日(明治29年10月15日)を「桔梗忌」として、お墓参りを実施。
平成17年には、高知県の女子剣道剣士を招き山梨県女子剣道剣士との「千葉さな子杯」を開催
平成21年には、第5回千葉さな子杯剣道大会が山梨市民総合体育館で開催されています。
LINK ・山梨龍馬会甲斐援隊
■ 北辰一刀流玄武館 タウンページで検索
東京都杉並区善福寺 JR西荻窪・吉祥寺駅からタクシーで5分(800円)
■ 千葉定吉道場跡(桶町おけちょう/小千葉道場)推定
①JR東京駅八重洲南口、鍛冶橋かじばし交差点付近
②JR神田駅(地下鉄人形町駅) 椙森すぎのもり神社付近とも
■ 北辰一刀流千葉周作の道場玄武館跡
JR神田駅 神田お玉ヶ池、 東洋高校付近
■ 千葉定吉・重太郎の墓
雑司が谷霊園:東京都豊島区南池袋4丁目25
・足立史談 第24号・399号
・産経新聞夕刊連載(1962年6月から1966年5月) 「竜馬がいく」司馬遼太郎作・岩田専太郎画
・阿井景子:龍馬のもう1人の妻・龍馬と八人の女性()
・司馬遼太郎:余話として、司馬遼太郎歴史のなかの邂逅、竜馬がゆく狂瀾篇
・菊池明:竜馬最後の真実、坂本龍馬進化論
・歴史読本:2010年2月号
・一個人
・坂本龍馬の一生(坂崎柴欄汗血千里駒より)
ホームページ
・竜馬堂
・龍馬の遺伝子
・歴史大河お勉強まんが/幕末っちゃん~龍馬編~
・日向ぼっ子の大江戸散歩
・千葉さな子 - Wikipedia
・お江戸今昔堂 千葉家と坂本龍馬
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