千住物語
HP 奥の細道の旅 後半  越後路〜大垣
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※こちらのページの文・画像は 旅の記念にお土産にいただいたものです 転写はしないでね  jusin
松尾芭蕉・奥の細道・ゆかりの地、旅をしている方 文章・画像提供してくださる方 募集しています bbs mail
元禄2年(1689) 9月6日 大垣旅立ち
旅の疲れも抜けきらないうちに 9/6 9/10から始まる伊勢神宮のご遷宮を拝もうと また船に乗って 芭蕉は出発した
1689年8/21(新暦10月4日) 大垣
蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ はまぐりの ふたみにわかれ ゆくあきぞ
芭蕉を迎える
木因
ぼくいんの銅像
大垣城天守閣
八幡神社
蛭子神社
えびすじんじゃ
近藤如行亭跡
史蹟奥の細道
むすびの地の石標柱
芭蕉送別連句
奥の細道の
むすびの地記念館
正覚寺
芭蕉追悼塚(尾花塚)
竹島会館
ハマグリの殻と身とを引き剥がすように、また再び悲しい別れが始まることだ。千住出発の祈りの歌
「行く春や鳥なき魚の目は泪」を対をなす
芭蕉は敦賀まで出迎えにきた路通を同道して大垣に入る

1689年8/20(10/3) 大垣か 近藤如行か
大垣の庄-美濃の国みののくに岐阜県大垣市 戸田氏10万石の城下町
曾良も伊勢より着ていて再開、名古屋からは 越人
えつじんが馬を走らせ如行じょこうの家に集まる。前川子ぜんせんし・荊口けいこうの親子 親しい人びとがつぎつぎにたずねてきて、まるで 死んだ人が生き返り、その人に会うような喜びようで、芭蕉をいたわってくれた

1689年8/19(10/2) 関が原
1689年8/18(10/1) 春照あたりか
1689年8/17(9/30) 木の本か
1689年8/16(9/29) 色ヶ浜 本隆寺
寂しさや須磨に勝ちたる濱の秋 さみしさや すまにかちたる はまのあき
波の間や小貝にまじる萩の塵 なみのまや こがいにまじる はぎのちり
空が晴れたので、西行法師が歌に詠んだ種の浜へいって、ますおの貝を拾いたいと思い、船に乗る
種の浜というところは、小さな漁師の家があるだけで、そこにさびしげな法華宗の寺がある お茶をのんだり 秋の夕暮れのさびしさが こころにしみじみと感じられた
1689年8/14.15(9/27.28) 敦賀 出雲屋2泊
月清し遊行のもてる砂の上 つききよし ゆうぎょうのもてる すなのうえ
名月や北国日和定めなき めいげつや ほっこびより さだめなき
気比神社
月塚
天屋五郎右衛門
芭蕉翁逗留出雲屋跡
三島町私立郷土博物館
本隆寺
白根が岳:白山が見えなくなって、比那が岳ひながたけが見える「枕草子」あさむづの橋を渡る 歌枕の「玉江の橋たまえのはし」はすっかり穂が出そろっていた。「鶯の関」を過ぎ 天然痘の神の伝説の「湯尾峠」を越すと 木曽義仲の古戦場「燧が城ひうちがじょう」があった。 かえる山では 初雁はつかりの声を聞く 14日の夕暮れ敦賀に港に着く その日は月がことに美しかった 夕食をすませ 「気比の明神けいのみょうじん」に夜の参拝 第14代仲哀天皇ちゅうあいてんのうをまつってある そのむかし他阿上人たあしょうにんという人が この地の毒龍の害を除き 明神の嘆きを安めようとの大願をたて 自ら草を刈り 土や石を運び どろのみずたまりを乾かしたので それ以来 参詣する人が安心して通れるようになった このことを伝える行事がいまもつづいている 代々の遊行上人が ここに白砂を運んでこられる行事なのだが「これを 遊行の砂持すなもちと申します」と主人が話してくれた
1689年8/13(25.26) 湯尾か今庄
1689年8/11.12(9/23.24) 福井 等哉2泊
等裁宅(左内公園)
あさむつの橋 玉江
越前の国 えちぜんのくに(福井県)
1689年8/9.10(9/21.22) 松岡 天龍寺泊2泊
天龍寺
永平寺
1689年8/8(9/21) 丸岡 
汐越の松しおごしのまつ

1689年8/7(9/20) 大聖寺だいしょうじ 全昌寺ぜんしょう
加賀の国(石川県)
全昌寺
1689年8/5.6(9/18.19) 小松 
石山の石より白し秋の風 いしやまの いしよりしろし あきのかぜ 那谷寺
8/5 小松に戻り 北枝と那谷寺(生駒万子の会うため) 
曾良は体調が優れず芭蕉と別れ先にたつ(伊勢の長島へ先行)

文・Photo by ゆかり草さん yukarigusa
私が昨日行った、石川県の那谷寺の境内です。
この寺は、白山信仰の寺です。一度焼失していますが、寛永年間加賀の前田家によって再建、庭園も復興され、自然の地形、石、岸壁を生かした、庭園は、見ごたえがありますよ。
芭蕉の『奥の細道』にも見える 石山の 石より白し 秋の風 の句碑もあります。

大垣には芭蕉関連の句碑がたくさんあるようですが、近くに住んでいながら、一度も歩いた事がないの。
ゆかり草さん/那谷寺
S.SAITOH Home Page 埼玉県蕨市のさいちゃん(ゆかり草さんのご紹介)
シニアネット・リリック 大阪・豊中育ち、生まれは東京都大田区、金沢文庫在住のhirofuさん
ちょいとお出かけ北陸めぐり 石川県金沢市 徳三郎 さん(hirofuさん のご紹介)
1689年7月27〜8月4日(新暦9月10日〜17日) 山中 泉屋久米之助8泊
山中や菊はたおらぬ湯の匂 やまなかや きくはたおらぬ ゆのにおい
行き行きてたふれ伏とも萩の原ゆきゆきて たおれふすとも はぎのはら
芭蕉逗留泉屋の跡
大木戸門跡
芭蕉堂
鶴仙渓
道明ヶ淵
どうみょうがふち
医王寺
黒谷橋
大聖寺川
7/27 諏訪神社の祭 夕方山中に着く 泉屋久米助宅宿
7/28 医王寺参詣
7/29 大聖寺川の道明が淵
8/1 黒谷橋へ
8/2 快晴
8/3 山のなかなので月みえず
8/4 雨ふったりやんだり
1689年7月24日〜26日(新暦9月7日〜9日) 小松 近江屋泊 ・藤井伊豆泊
しほらしき名や小松吹萩すゝき しおらしきなや こまつふく はぎすすき
むざんやな甲の下のきりぎりす
むざんやな かぶとのしたの きりぎりす
小松天満宮
あかあかと日はつれなくもあきの風
莵橋神社
建聖寺けんしょうじ
本折日吉神社
多田神社
那谷神社
加賀3代藩主前田利常は小松を隠居地と決め 寺社の造営や移転を盛んにおこない 産業を発展させた
7/24 金沢を立つ 夕方 小松に着く 近江屋宿
7/25 小松を出発しようとしたが 多くの人たちに引き止めらる。立松寺に移る。 多田八幡 日吉神社の藤村伊豆宅へ
 十吟世吉の会あり
7/26 雨が激しくなる 夜 越前寺宗右衛門宅で句会

1689年7月15日〜23日(新暦8月29日〜9月6日) 金沢 京屋吉兵衛泊  宮竹屋亀田伊右衛門8泊
塚も動け我泣声は秋の風  つかもうごけ わがなくこえは あきのかぜ
ある草庵にいざなはれて
秋涼し手毎にむけや瓜茄  
あきすずし てごとにむけや うりなすび
途中吟
あかあかと日はつれなくもあきの風  
あかかと ひはつれなくも あきのかぜ
加賀国
願念寺
成学寺
尾山神社
尾崎神社
兼六園
金沢城跡
玉泉園
妙立寺
高岡-小矢部-倶利伽羅峠-金沢
一笑*小春*木曽義仲
加賀百万石の城下町
歴史散歩道**倶利伽羅峠
1689年7月14日(新暦8月28日) 高岡 
わせの香や分け入る右は有磯海 わせのかや わけいるみぎは ありそうみ 奈呉の裏
放生津八幡宮
有磯海
二上山
担籠
滑川市-常願寺川-神通川-庄川-高岡
新湊商工会議所**奈呉の裏
歴史散歩道**越中の万葉ゆかりの地
1689年7月13日(新暦8月27日) 滑川 猛暑
市振-朝日-入善-黒部川-滑川 越中国
加賀の番所
黒部
魚津

ようこそ!海からのMessegeへ**黒部川扇状地 富山県黒部市 平野さん
滑川町紹介**
1689年7月12日(新暦8月26日) 市振 六左衛門宅泊
一家に遊女もねたり萩と月 ひとつやに ゆうじょもねたり はぎとつき 親不知おやしらず
街道の松
市振の関所

長円j寺
桔梗屋
糸魚川
能生-糸魚川-青海-親不知-市振
芭蕉は早川でつまずいて着物を濡らし、川原で干したりしながら、糸魚川を通、難所である親不知を越えている
親不知:北アルプスの北端が日本海に落ち込み 400〜500mの断崖が続く海岸。切り立った崖下の波打ち際を北陸街道が13kmに渡って続き、海が荒れると波にさらわれて通行できなる難所
白い国の歌**姫川港**東北電力
能楽喧窮会のホームページ**謡曲「奥の細道」石川県小松市の麦谷さん
1689年7月11日(新暦8月25日) 新潟県 能生のう猛暑 玉屋五郎左衛門宅泊
高田-能生町 五智国分寺
居多神社
白山神社
旅館 玉屋**ゆかりの人 **芭蕉さんが訪れたと各地で紹介されている宿
能生町役場ホームページ**芭蕉の足跡
線翔庵**能生白山神社舞楽**長野県浜田 線翔さん
1689年7月8.9.10日(新暦8月22.23.24日) 高 田 六左衛門宅泊
8 直江津-春日山-高田 「薬欄にいづれの花をくさ枕」を発句
9  歌仙
10 歌仙
春日山城跡
林泉寺
前島蜜の記念館
浄興寺
上杉、松平など大藩の城下町 春日山城跡:上杉謙信が威をふるった城で、林泉寺は謙信が修学しした寺で菩提樹
上越市を歩こう
喜如嘉の芭蕉布
8/22 東北高校 決勝進出 準優勝でした がんばりました
1689年7月6.7日(新暦8月20.21日) 直江津  6.古川市左衛門宅泊 7.佐藤元仙宅泊
文月や六日も常の夜には似ず ふみづきや むいかもつねの よにはにず 五智国分寺
居多神社
鉢崎-直江津
日本海に臨む港町 
越後五智国分寺
1689年7月5日(新暦8月19日) 鉢 崎(芭蕉が泊まったのは柏崎市米山町)
出雲崎-柏崎-鮫波-青海川-笠島-鉢崎 柏崎温泉
妙行寺
香積寺
米山薬師
柏崎:石油都市として知られる。北陸街道の要地
妙行寺:佐渡流罪を許された日蓮がそbらく滞在した
8/22弥彦観光索道株式会社
8/22旧街道は面白い**越後路
1689年7月4日(新暦8月18日) 出雲崎
荒海や佐渡によこたふ天河   あらうみや さどによことう あまのがわ 越後国
良寛堂
良寛記念館
芭蕉園
大崎屋跡
妙福寺
石油産業発祥記念公園
弥彦-西生寺-野積-寺泊-出雲崎 夜中強雨
寺泊町の西生寺さいしょうじで弘智法師の即身仏ミイラを拝観 野積浜は「荒海やの・」想を得たともいわれる 
 出雲崎:長い海岸線を有する新潟県のほぼ中央 
佐渡鉱山 金銀産出のために、江戸の罪人や無宿人をこの出雲崎町から送り出している
越後の天領7万石を治める代官所が置かれていた。かつ佐渡の金山をも支配し 金の陸揚げ港として繁栄していたという
良寛和尚の生誕地
日本の巨樹・巨木**
ミイラめぐり
楡山神社ホーム**歌語り風土記
佐渡観光協会
1689年7月3日(新暦8月17日) 弥 彦
新潟-弥彦 越後一宮弥彦神社
弥彦山スカイライン
多宝山

岩室温泉
観音寺温泉
間瀬海岸
新潟平野の中央部 弥彦神社に三敗うっそうとした杉やケヤキの森の中に本殿を構え、延喜式神明帳に明神大社として挙げられている古寺、越後国一宮、ご神体は弥彦山(638)日本海上に浮かぶ佐渡ヶ島がくっきり見え、手前の越後七浦の海岸線や越後山脈の雄大な眺望が見える 


文・Photo by 伊藤/kin_i さん

「新潟周辺の風景写真・・・」においでくださりありがとうございます。
弥彦山の上から昨日撮った寺泊方面への海沿いの道の写真を添付しますね。中央の大河津分水は芭蕉の頃になかったものですし、芭蕉の頃の新潟平野の地形は、現在のものと大きく異なりますので、なかなか道がわかりにくいです。ただ8月の海の風景は変わっていないことでしょう。

新潟周辺の風景写真 そして 他愛のない話**青海川海岸
伊藤/kin_i さん
9/3趣味はハムと鉄道**新潟県在 海津さん
青海川駅(柏崎市)おうみがわは、日本で一番海に近い駅として有名 
伊藤/kin_i さんのところで知りました
8/22 弥彦の灯篭祭り
1689年7月2日(新暦8月16日) 新 潟 
中条町-新潟 白山神社
信濃川と阿賀野川の両河口にまたがり、古くから蒲原の津と呼ばれた重要な港町
宿屋がどこも満員で、追込宿以外かりることができず、大工源七という者の母の情け宿を借りるという小さなトラブルがおきる。

ラ・ラ・ネット
**新潟県の自然
1689年7月1日(新暦8月15日) 築 地
榊原帯刀の菩提寺泰叟院参詣-村上-中条町 乙宝寺おっぽうじ  乙宝寺
浄念寺



松島、平泉、象潟を頂点とした 芭蕉のみちのく紀行は鼠ヶ関で一応の完結をみたといえようか、とはいえ加賀の府金沢までは北陸道をさらに130里
 
文・Photo by 伊藤/kin_i さん

新潟県中条町乙(きのと)にある乙宝寺(おっぽうじ)には、1614年から6年の歳月をかけて建立された国の重要文化財である三重の塔があります。新潟県内の このような塔は、他に上越市 五智国分寺(天台宗 安国山華蔵院国分寺)に三重の塔、佐渡郡真野町の妙宣寺(日蓮宗)に県内唯一の五重の塔があります。乙宝寺は真言宗智山派の寺で、本尊は大日如来です。境内には三重の塔の他に県文化財の弁天堂があります。
春には桜、秋にはもみじが美しく、訪れる人も多い時期があります。それ以外の季節は訪れる人もまばらで、静けさを感じることができます。境内には樹が多くあり、木漏れ日の風景、歳月を積み重ねた建物と木々のバランスに心ひかれます


新潟周辺の風景写真 そして 他愛のない話
**乙宝寺**伊藤/kin_i さん
デジカメで撮った写真の部屋**ドライブの好きなTETSUさん
中条町役場ホームページ

1689年6月28.29日(新暦8月13.14日) 村 上 久左衛門宅 2泊
28 中村-葡萄峠-村上
29 光栄寺 瀬波海岸
葡萄峠
瀬波温泉
岩船神社
井筒屋
浄念寺
観音寺
村上城跡の臥牛山
村上:榊原15万石の城下町。藩の筆頭家老榊原帯刀の父に曾良がかつて仕えたゆかりがあった。
曾良は旧地の人を訪ねている

文・写真提供 by 村上の広域ネット・グリーンラインさん

岩船神社の句碑
岩船郡内の式内社・8座の筆頭で、約1200年の長い歴史をもつ。
祭神ニギハヤヒノミコトは磐樟舟で一族をひきつれ、岩船の地に来られ、農耕、養蚕、航海、製塩の技を教えたという伝説から、磐舟(岩船)という地名ができた、といわれる。 境内には「花咲いて 七日鶴見る 麓かな」「文月や 六日も常の 夜には似ず」の二基の石碑が建っている。
神社前の明神橋は、当時、岩船唯一の橋。
文・Photo by 新潟の右近衛少将藤原朝臣さん

芭蕉と多岐神社
芭蕉は村上で宿泊した際に、瀬波まで連れていってもらっています。その理由が明らかではないわけですが、曾良の神名町に「多岐」が載っています。芭蕉は義経ゆかりの地をことさら選んで行っています。なぜ芭蕉は瀬波に寄ったのか・・・義経逃避行逆ルート説にまた一歩近づきました。

新潟県村上市・岩船郡広域圏の奥 の 細 道
**広域ネット・グリーンラインさん
越後の歴史探訪観光案内所**芭蕉のこころ**新潟の右近衛少将藤原朝臣さん
廃線跡探訪のページ**越後線沿線の山田さん
photokichi.com-Saito Photo Office**奥の細道5**山形県村山市樽石出身 サダキチさん
8/21村山市農村文化保存伝承館**最上川三難所

1689年6月27日(新暦8月12日) 北 中 山北町  鈴木左衛門宅泊
温海-鼠ヶ関ねずがせき-中村 越後国
鼠ヶ関
念珠が関所
藤木川
笹川流れ
大沢峠の石畳
北中芭蕉公園
鼠ヶ関を越えると越後の国。白河、勿来なこそ、と共に奥州3関とうたわれた念珠が関の地


文・Photo by 山形県鶴岡市出身tsuru さん

鼠ヶ関駅
5月7日(金) 「鼠ヶ関(ねずがせき)に行く」
昔、関所があったところ。山形と新潟の県境。
源義経が来たらしい。
松尾芭蕉も来たらしい。
海と山に囲まれた静かな町。まだ桜が咲いていた。
鶴岡市街地から車で約1時間


笹川流れ観光汽船
温海町
にいがたがっこう**出羽街道峠の石畳と芭蕉の宿

 越後路  新潟県 北中〜能生
1689年6月26日(新暦8月11日) 温 海あつみ  鈴木左衛門宅泊
大山-三瀬-小波渡-塩俵岩-温海
象潟からいったん酒田に戻り7泊して、浜街道を西へ大山から海岸の三瀬へでて海岸沿い
出羽国
温海岳

塩俵岩
立岩
鬼かけ橋
小波渡
大波渡
潟苔沢の辺り
温海温泉

熊野神社
温海は街道筋に細長く町並み 温海沿いに約3km 山間に入ったところが湯温海で、曾良は寄り道をしている 昔から名湯として名高い。朝市と温海こけしが名物


文・Photo by 宮城県 BIAさん

8月11日は芭蕉が温海の「鈴木所左衛門宅」に宿泊した日です。私も本日、芭蕉と同じ8月11日に芭蕉が宿泊した家の跡を訪ねて来ました。芭蕉は温海では句を詠んでいませんが、酒田で温海を入れた句を詠んでいます。
「あつ美山や 吹浦かけて ゆふ涼み」の句です。
温海の塩俵岩の広場に句碑がありました。芭蕉は山形に滞在していた期間が一番長かったのですね。明日の鼠ヶ関で山形を離れてしまいますが、山形では多くの句も残しています。
http://homepage2.nifty.com/JH7BIA/
青森紀行/おくのほそ道・芭蕉の足跡 宮城のBIAさん
山形観光案内**芭蕉宿泊の家**山形県寒河江市 高橋 竹男さん
1689年6月25日(新暦8月10日) 鶴 岡(大山) 丸屋儀左衛門宅泊
酒田-船橋-大山 日枝神社
長山重行宅跡
鶴岡公園
内川芭蕉乗船場
南岳寺
本住寺
善宝寺
湯田川温泉
鶴岡:東北の米どころ庄内平野の中央 北に鳥海 南に磐梯朝日国立公園、東に出羽三山、西に奇岩怪石の庄内海岸をもつ
徳川四天王の一、酒井藩の城下町



文・Photo by 山形県鶴岡市出身tsuru さん

8月13日、午後。山形県 鶴岡市。
 「中野→東京→新潟→鶴岡」約5時間の帰郷の旅。
まだ梅雨明けしないこの地方。駅前に降り立つと、やっぱり小雨が降っていた。「ようこそ鶴岡へ」の看板が見える。
帰ってきただけなのに、「ようこそ」と言われてもちと困る。 写真左側にあるのは、農民二人が米俵をかついで歩いているオブジェ。 冬には、このオブジェにうっすらと雪がつもり、鶴岡をモデルにしたと言われる「雪の降る街を」の曲が聞こえてくる。 さて、久々に帰ってきたことだし、しばらく駅前をぶらつくか。








5月の鶴岡市だ!
まずは、市内の川原の風景を見てください。
川の名前は「赤川」。この川はやがて最上川に合流します。
奥に見えるは鳥海山。




つるぺーじ閑雲野鳥**山形県鶴岡市出身 のtsuruさん
鶴岡タウンネット
出羽庄内へようこそ**県内市町村の公式ホームページ **美しい国庄内**庄内価値開発研究会
1689年6月13〜14日(新暦7月29〜30日) 酒 田 伊藤玄順(不玉)宅 6泊(8泊)
1689年6月18〜24日(新暦8月3〜9日) 
あつみ山や吹浦かけて夕すずみ あつみやまや ふくうらかけて ゆうすずみ
暑き日を海にいれたり最上川  
 あつきひを うみにいれたり もがみがわ
日和山公園
日枝神社
海向寺
本間美術館
回船問屋鐙屋あぶみや
13 鶴岡-川舟に乗って酒田へ
細道では酒田から難路を巡り、雨の日暮に象潟の美景を探り、翌日は晴れ、象潟に舟を浮かべ、能因、西行ゆかりの地を訪ね、更に 景勝を一望に収めたことになる
18鳥海山を遠望

文・Photo by カメラ紀行 新潟県生まれ 東京都狛江市の清水節治さん

酒田港本港  
この古い港は、江戸時代初期に河村瑞賢が西回り航路を開いてから、大いに発展した港。昭和49年に北港ができて、外国船の入港など中心はそちらに移った。防波堤の先は最上川河口。左手が最上川上流、右手が日本海。

文・Photo by 酒田の寿司しばらくさん

神明坂

芭蕉もこの坂を登り、神明さんにお参りしたことでしょう。
芭蕉の来たころは、階段は有ったのかな?
下の方からの階段を含めて神明坂といいます。
石の階段は、本間光道が、人足、丁もちが荷物を運ぶのを軽減するために、作ったものです。
本間家の家訓の、徳は徳なり、という考えかたかな。
石が磨り減り、人足達の苦労が偲ばれます。
 
文・Photo by 仙台生まれ 横浜のHARUKOさん
よく探したら、芭蕉の像がありました。有名な山居倉庫もどうぞ。
おしんのお母さん(泉ピン子)が働いていた倉庫。
カメラ紀行/名作の風景**奥の細道を歩く 出羽路編 **新潟県生まれ 東京都狛江市の清水さん
寿司しばらく**お喋り店主観光案内 山形県酒田市 ・ 寿司と・地酒・地魚の店
HARUKOの部屋 仙台生まれ 横浜の治子さん
国土交通省東北地方整備局 酒田港湾事務所**観光情報
酒田観光協会
8/2青森ねぶたまつり
8/5 関東で 雷をともなう記録的な大雨
8/6仙台七夕まつり
8/9長崎原爆記念日